休日の夕食作り、張り切って熟れたトマトをスライスしようとした瞬間、刃が入らずにグニュっと潰れてしまい、せっかくの料理へのモチベーションが下がってしまった経験はありませんか?
あるいは、鶏肉の皮が切れずにまな板の上で滑ってしまい、ヒヤッとしたことはないでしょうか。
包丁の切れ味は、料理の味そのものや作業の安全性に直結する非常に重要な要素です。
「そろそろ研がないといけないな」と思い立った時、ホームセンターの専門コーナーに行くと、数千円もする本格的な砥石が並んでいて、「素人の私がここまで高い道具を買って使いこなせるだろうか」と足踏みしてしまう方は非常に多いです。
そんな時、ふと立ち寄ったダイソーやセリア、キャンドゥといった100円ショップの工具・キッチンコーナーで「包丁研ぎ」や「砥石」を見かけ、「もしかして、これでも十分なんじゃないか?」と興味を持ったことがあるはずです。
「100円の石ころで鉄の包丁が研げるわけがない」と半信半疑の方もいるかもしれません。安物買いの銭失いになるのではないかという疑念もあるでしょう。
しかし、実際に購入して様々な種類の100均砥石を試し、その特性を物理的に理解し、試行錯誤を繰り返した結果、ある一つの結論に達するのです。
それは、「100均の砥石でも、その特性(クセ)を理解し、正しい手順で使えば、驚くほど切れ味を復活させることができる」という事実です。
もちろん、プロの料理人が使うような鏡のような刃先を作ることは難しいかもしれません。
しかし、家庭で野菜や肉をストレスなく切るレベルであれば、100均アイテムで十分に到達可能なのです。
この記事では、100均砥石のポテンシャルを最大限に引き出すためのテクニックを余すことなくお伝えします。
特に、多くの方が知らずに失敗している「面直し」の重要性や、アルミホイルを使った裏技の真偽など、検索してもなかなか出てこないディープな情報まで深掘りしていきます。
この記事で得られる知識
- 100均で購入できる砥石の種類と、自分のスタイルに合わせた最適な選び方
- 研ぎの失敗原因No.1である「砥石の凹み」を解消する面直しの具体的かつ安価な手順
- 軽くて滑りやすい100均砥石をガッチリ固定し、安全かつ正確に研ぐためのDIYテクニック
- ステンレス、鋼、セラミックなど、包丁の素材ごとの適切なメンテナンスアプローチ
本記事の内容
100均砥石の研ぎ方と種類の選び方
いざ100円ショップの店舗に足を運ぶと、キッチン用品売り場や工具売り場には、予想以上に多種多様な研磨グッズが陳列されています。
パッケージには「カンタン!」「鋭い切れ味!」といった魅力的なキャッチコピーが踊っていますが、何も知らずに適当に選んでしまうと、「全然切れるようにならない」どころか、「逆に刃をボロボロにしてしまった」という悲劇を招きかねません。
まずは、敵を知り己を知ることから始めましょう。ここでは、100均砥石の材料科学的な特性と、製品ごとのメリット・デメリットを徹底的に解説します。

おすすめの種類と選び方
100均で販売されている研ぎ器は、構造と使用目的によって大きく2つのカテゴリーに分類されます。
一つは昔ながらの直方体の形をした「角型砥石」、もう一つはプラスチックの筐体に刃を通す隙間がついた「簡易シャープナー」です。
これらは「包丁を研ぐ」という目的は同じですが、刃に対する作用の仕方が全く異なります。
1. 本格派を目指すなら「角型両面砥石」
私が個人的に最もおすすめしたいのが、主にダイソーなどの工具コーナーやキッチンコーナーで見かける「角型両面砥石」です。グレーの濃淡で2層に分かれているのが特徴で、一般的には粗い面(#120程度)と、中くらいの面(#320〜#400程度)が背中合わせになっています。
「番手(粒度)」という言葉に馴染みがないかもしれませんが、数字が小さいほど目が粗く、ザリザリしています。一般的な家庭用包丁のメンテナンスでは、#1000(中砥石)で研いで#3000(仕上げ砥石)で仕上げるのがセオリーですが、100均の砥石はそれよりもかなり粗い設定になっています。これは、100均砥石があくまで「切れなくなった包丁の切れ味を、実用レベルまで素早く戻す」ことに特化しているためです。
この角型砥石の最大のメリットは、「自分で刃の角度をコントロールできること」と「刃の形状を修正できること」です。刃こぼれ(刃先が欠けている状態)がある場合や、長期間研いでいなくて刃先が丸まっている場合は、この角型砥石でないと太刀打ちできません。少し練習が必要ですが、マスターすればどんな包丁も自由自在に研げるようになります。
2. 手軽さ重視なら「簡易シャープナー」
一方で、セリアやワッツ、キャンドゥなどでデザイン性の高いものが多く売られているのが「簡易シャープナー」です。取っ手を持って、V字型の溝に包丁を差し込み、手前に数回引くだけで切れ味が戻るという便利グッズです。
中には、荒研ぎ用と仕上げ用の2つのスリットがついている高機能なタイプもあります。
このタイプのメリットは、何と言っても「技術が不要で、秒速で終わる」こと。
料理の最中に「あ、切れない」と思ったその瞬間に使えます。
しかし、デメリットもしっかり理解しておく必要があります。多くの簡易シャープナー(特に交差式や超硬合金を使うスリット式)は、刃先を「研いで鋭くする」というよりは、「刃先を微細に削り取って、ギザギザの状態にする」ことで食材への食いつきを良くしています。
これを多用しすぎると、刃先がどんどん減ってしまい、包丁の寿命を縮める可能性があります。

| タイプ | 角型両面砥石 | 簡易シャープナー |
|---|---|---|
| 主な販売店 | ダイソー、セリア(工具)など | セリア、キャンドゥ、ワッツなど |
| 難易度 | 中級者向け(コツが必要) | 初心者向け(誰でも可能) |
| 所要時間 | 10分〜15分(準備含む) | 30秒〜1分 |
| 仕上がり | 滑らかで持続性がある | 食いつきは良いが持続性が短い |
| こんな人に | DIYが好き、根本的に直したい人 | 忙しい人、とりあえず切りたい人 |
結論として、「基本は簡易シャープナーで日々の急場をしのぎ、月に一度の時間がある時に角型砥石でしっかりと刃の形を整える」というハイブリッドな運用が、100均アイテムを使いこなす最適解だと言えます。どちらか一つだけを選ぶなら、私は汎用性の高い「角型砥石」を推します。
アルミホイル等は代用可能か
インターネットで「包丁 研ぎ方 代用」と検索したり、テレビの生活の知恵特集を見ていると、必ずと言っていいほど登場するのが「アルミホイル」を使った裏技です。
「くしゃくしゃに丸めたアルミホイルを切るだけで、包丁の切れ味が復活する!」というものですが、これは果たして本当なのでしょうか?
もし本当なら、わざわざ100円を出して砥石を買う必要もありませんよね。
私はこの説について、実際に試し、さらに原理的な部分までリサーチを行いました。結論から申し上げますと、「アルミホイルは、砥石の代用にはなり得ません。あくまで一時的な誤魔化しに過ぎない」というのが真実です。
なぜアルミホイルを切ると切れ味が戻ったように感じるのでしょうか?これには2つの理由があります。
- 汚れの除去:
刃先に付着した目に見えない脂や食材のカスが、アルミホイルとの摩擦で剥ぎ取られ、刃が露出することで切れるようになったと感じる。 - 構成刃先の除去とバリ取り:
刃先には、切削中に金属が変形して付着した「構成刃先」や、微細な金属のめくれ(バリ)がついていることがあります。
比較的硬いアルミ箔を切ることで、これらが物理的に脱落し、一時的に刃の通りが良くなることがあります。
しかし、これは「刃先を摩耗させて鋭角にする(=研ぐ)」という行為とは全く異なります。
例えるなら、汚れた車の窓をワイパーで拭っただけで「修理した」と言っているようなものです。
アルミホイルを切り続けても、丸くなった刃先が鋭くなることはありませんし、むしろ柔らかいアルミが刃に付着して切れ味を悪化させるリスクさえあります。
では、砥石がない時の緊急代用策は?
もし、今まさに料理中で砥石がなく、どうしてもこのトマトを切りたい!という切羽詰まった状況であれば、アルミホイルよりも推奨できる代用品があります。
それは、「陶器製のお皿やマグカップの底(高台)」です。
茶碗やマグカップを裏返すと、テーブルに接する円周部分に釉薬がかかっていないザラザラした箇所(高台・糸底)がありますよね。
この部分はセラミック(陶器)そのものであり、簡易的な砥石と同じ材質です。
ここに包丁の刃を当て、15度くらいの角度を保って数回〜数十回擦ることで、ある程度の研磨効果が得られます。
これは「タッチアップ」と呼ばれる手法で、プロの現場でも簡易的な切れ味回復手段として行われることがあります。
とはいえ、これもあくまで緊急避難的な措置です。
包丁を長く大切に使いたいのであれば、やはり100円ショップの砥石で構いませんので、専用の道具を用意することを強くおすすめします。
代用品はあくまで「その場しのぎ」であることを忘れないでください。
100均砥石の寿命と買い替え
「100円の砥石なんて、どうせ数回使ったらダメになるんでしょ?」
そんな風に考えている方も多いかもしれません。確かに、数千円する「キング」や「シャプトン」といった有名メーカーの砥石と比べれば、100均の砥石は耐久性において劣ります。これは製造コストの制約上、砥粒(削る粒)を固めている結合剤(ボンド)の質や製法が異なるためです。
具体的に言うと、100均の砥石は「非常に軟らかく、減りやすい」という特性を持っています。高級な砥石が「硬い消しゴム」だとしたら、100均の砥石は「柔らかいチョーク」のようなイメージです。包丁を研いでいると、見る見るうちに砥石の表面から泥が出て、砥石自体が削れていきます。
しかし、これが必ずしも悪いことばかりではありません。砥石が削れやすいということは、常に新しい鋭利な砥粒が表面に出てくる(自生作用が高い)ことを意味しており、目詰まりしにくく、初心者でも「研げている感覚」を掴みやすいというメリットにも繋がります。
実際の寿命はどれくらい?
一般的な家庭での使用頻度、例えば「月に1回、三徳包丁とペティナイフを研ぐ」という程度であれば、1個の100均砥石で半年から1年、長ければ数年は十分に持ちます。100円(税抜)でこれだけ持てば、コストパフォーマンスとしては最強クラスと言えるでしょう。

買い替えのサイン(捨て時)を見極める
では、どのタイミングで新しい砥石に買い替えるべきなのでしょうか。明確なサインは以下の3点です。
こんな状態になったら買い替え時!
- 厚みが半分以下になった:
新品時の厚さの半分を切ると、研いでいる最中に圧力で砥石が割れるリスクが高まります。
特に100均砥石は脆いので、薄くなった状態での使用は危険です。 - 落として割れた:
真っ二つに割れた砥石を接着剤でつけて使うのは絶対にやめてください。
継ぎ目の段差で刃が欠ける原因になります。 - 乾燥による深いヒビ割れ:
長期間放置して乾燥させすぎると、結合剤が劣化してボロボロと崩れることがあります。
表面に深い亀裂が入ったら寿命です。
100円という価格設定ですから、「少し使いにくいな」「減ってきたな」と感じたら、勿体ぶらずにすぐに新しいものを購入するのが賢い選択です。常に状態の良い砥石を使うことが、良い刃付けへの近道です。
必須となる面直しのやり方
このセクションは、本記事の中で最も重要と言っても過言ではありません。もしあなたが「以前100均の砥石を買ったけど、全然切れなくならなかった」「むしろ包丁が切れなくなった」という経験をお持ちなら、その原因の99%は、この「面直し(つらなおし)」を行っていなかったことにあります。
なぜ「面直し」が必要なのか?
前述の通り、100均の砥石は非常に軟らかく、摩耗しやすい性質を持っています。包丁を研ぐ際、私たちは無意識のうちに砥石の中央部分を多く使ってしまいます。その結果、包丁を1本研ぎ終わる頃には、砥石の中央だけが削れて凹み、全体が「お皿」のような形状(皿状摩耗)になってしまうのです。
この凹んだ砥石で次の包丁を研ごうとするとどうなるでしょうか?刃を一定の角度で当てているつもりでも、砥石の曲面に追従してしまい、刃先が丸く研がれてしまいます(ハマグリ刃の失敗例)。これでは、いくら時間をかけても鋭い刃はつきません。「平らでない砥石で研ぐことは、研がないよりも悪影響がある」と肝に銘じてください。

100均アイテムで完結する「最強の面直し術」
本格的な「面直し用砥石」は数千円しますが、100均砥石のためにそれを買うのは本末転倒です。そこで私が推奨する、最も安価で効果的な方法をご紹介します。それは、「同じ砥石を2個買う」という方法です。
【技法】共擦り(トモズリ)の手順
- ダイソーなどで、全く同じ角型砥石を2つ購入します(合計220円)。
- 使用前に、2つとも水を入れたバケツに沈め、十分に水を吸わせます。
- 片方の砥石を台に置き、もう片方の砥石を手に持ちます。
- 粗い面(#120のザラザラした面)同士を合わせ、円を描くようにゴリゴリと擦り合わせます。
- 大量の泥が出てきますが、気にせず擦り続けます。
最初は抵抗にムラがありますが、次第に「ピタッ」と吸い付くような感触に変わり、全体が均一に削れるようになります。 - これで2つとも完全に平らな面が復活しました。
この「共擦り」を行えば、常に新品同様の平面を維持できます。包丁を研ぐ前、あるいは研いでいる最中に違和感を感じたら、すぐにこの作業を行ってください。所要時間は1分もかかりません。たったこれだけの作業で、100均砥石の研磨性能はプロ用砥石に肉薄するレベルまで引き上げられます。
なお、ネット上には「コンクリートブロックやアスファルトで擦って平らにする」という情報もありますが、これはおすすめしません。砂利や小石が砥石に食い込み、次に包丁を研ぐ際に刃を傷つける「大外れ」の原因になるからです。清潔な砥石同士で擦るのがベストです。
砥石が滑る場合の固定対策
100均砥石のもう一つの大きな弱点は、「軽すぎて安定しない」ことです。重量のあるプロ用砥石ならドッシリと安定しますが、軽量な100均砥石は、研いでいる最中にあっちへ行ったりこっちへ行ったりと動き回ります。砥石が動くと、刃の角度がブレるだけでなく、勢い余って指を切ってしまうリスクもあり大変危険です。
この問題を解決するために、高価な「砥石台」を買う必要はありません。ここでも100均グッズが活躍します。
滑り止めマットの活用
最も手軽で効果が高いのが、100円ショップのインテリアコーナーや食器コーナーで売られている「滑り止めマット(塩化ビニル製の発泡マット)」です。網目状になっている柔らかいマットで、ラグの下に敷いたり、瓶の蓋を開けるのに使ったりするものです。
これを砥石のサイズよりも一回り大きくカットし、砥石の下に敷くだけで、驚異的なグリップ力が生まれます。水に濡れても滑り止め効果が落ちにくく、汚れたら洗えるので衛生的です。私はこれを常に砥石セットの中に忍ばせています。

濡れ雑巾・タオルの活用
もし滑り止めマットを買い忘れた場合は、家にあるタオルや雑巾で代用できます。タオルを水で濡らし、固く絞ってから畳んで砥石の下に敷きます。乾いたタオルでは滑りますが、濡らすことで摩擦係数が上がり、砥石と作業台の間に密着感が生まれます。「砥石が動かない環境を作る」ことは、研ぎの技術以前の必須条件です。安全のためにも、絶対に素のテーブルの上に直接砥石を置いて研がないでください。
実践する100均砥石の研ぎ方手順
さあ、道具の準備と環境作りは完璧です。いよいよ実践編に入りましょう。ここでは、角型両面砥石を使った具体的な研ぎ方の手順を、初心者の方が躓きやすいポイントを重点的に解説しながら進めていきます。「難しそう」と身構える必要はありません。自転車の練習と同じで、一度身体が覚えてしまえば一生使えるスキルになります。

研ぎで失敗しない基本のコツ
研ぎ始める前に、必ず行うべき儀式があります。それは「砥石の吸水」です。 100均の砥石は「多孔質」と言って、スポンジのように目に見えない小さな穴が無数に空いています。乾いたまま研ぐと、この穴に削れた金属粉が詰まってしまい(目詰まり)、すぐに滑って研げなくなります。
ボウルやバケツに水を張り、砥石をドボンと沈めてください。最初は「プクプク」と勢いよく気泡が出てきます。この気泡が出なくなるまで、およそ5分〜15分ほど待ちます。砥石が十分に水を吸うと、表面に水膜ができやすくなり、滑らかな研ぎ心地になります。
ステップ1:正しい持ち方と構え
利き手で包丁の柄をしっかりと握ります。この時、人差し指は包丁の峰(背中)に添え、親指は刃の根元(アゴ)付近を押さえるようにすると安定します。そして、逆の手(添え手)の人差し指と中指を、これから研ぐ部分の刃先近くの峰側に軽く添えます。この添え手が「研ぐ圧力」をコントロールする重要な役割を果たします。

ステップ2:角度は「10円玉2〜3枚」の法則
ここが最大の難関、「角度の維持」です。包丁を砥石に当てる角度は一般的に「15度」が良いとされていますが、分度器を持って測るわけにはいきません。
そこで目安になるのが「10円玉」です。包丁の峰を持ち上げ、砥石との隙間に10円玉が2枚〜3枚重なって入るくらいの高さをキープしてください。初心者のうちは、実際に10円玉を横に置いて、時々角度を確認すると良いでしょう。
どうしても角度がブレてしまうという方は、100均(セリアやキャンドゥなど)で販売されている「包丁研ぎガイドクリップ」という補助具を使うのも賢い選択です。これを包丁の背に挟むだけで、自動的に最適な角度に固定してくれます。ただし、クリップが砥石に擦れて砥石を傷つけることがあるので、その点だけは注意してください。
参考として、刃物メーカーの公式サイトでも、この10円玉を使った角度の目安が推奨されています。
(出典:貝印株式会社『包丁の研ぎ方』)
ステップ3:力の入れ方とリズム
包丁を前後に動かす際、力を入れるのは「奥に押すとき」だけです。手前に引くときは力を抜いて、元の位置に戻すイメージで動かします。ノコギリは引くときに切れますが、包丁研ぎは「押して研ぐ」のが基本です。
力加減は「豆腐を崩さない程度」などと言われますが、100均砥石の場合は少し強めに、2kg〜3kg程度の力(指先が白くなる程度)で押し込んでも大丈夫です。砥石の全長を使って、大きくゆったりと動かしましょう。一部分だけでコチョコチョと動かすと、砥石が局所的に凹む原因になります。
ステップ4:研ぎ汁(スラッジ)は宝物
研ぎ始めると、砥石の表面から黒っぽい泥水が湧き出してきます。これを「汚い!」と思って水道水で洗い流してしまう方がいますが、絶対に流さないでください。
この泥(研ぎ汁・スラッジ)には、砥石から脱落した研磨剤と水が混ざり合っており、研磨を助けるコンパウンドの役割を果たします。この泥があるおかげで、滑らかに、かつ効率よく刃を研ぐことができるのです。泥が乾いてきたら、指先で水を数滴垂らして足してあげる程度にし、泥を育てながら研ぐイメージを持ってください。
ステップ5:研ぎ上がりの合図「カエリ(バリ)」の確認
「一体いつまで研ぎ続ければいいの?」
これは初心者が必ず抱く疑問です。回数で決める教本もありますが、包丁の状態は毎回違うので、回数はあくまで目安でしかありません。正解は「刃の裏側にカエリが出るまで」です。
カエリ(バリとも呼ばれます)とは、研がれた金属が刃先を超えて、反対側(裏側)にめくれ返ったものです。研いでいる面とは逆の面を、指の腹で峰(背)から刃先に向かって優しく撫でてみてください。刃先のギリギリのところで、髪の毛1本分くらいの微細な「引っかかり」や「ザラつき」を感じたら、それがカエリです。
このカエリが、刃元から切っ先まで全体に均一に出ていることが確認できれば、表面の研ぎは完了です。もしカエリが出ていない部分があれば、そこだけまだ研ぎが足りていない証拠ですので、追加で研いでください。
ステップ6:裏面の研磨と仕上げ
表面が終わったら包丁を裏返し、裏面も同様に研いでいきます。両刃の包丁(一般的な三徳包丁など)であれば、表面と同じ回数、同じ角度で研ぐのが基本です。
裏面を研ぐと、今度は先ほど表面に出ていたカエリが取れて、逆に表面へとめくれ返ってきます。これを何度か繰り返し、徐々に力を弱めながら(最後は包丁の重さだけで撫でるように)、カエリを小さくしていきます。この工程を経ることで、刃先が鋭利に尖り、食材にスッと入る刃が完成します。
ステンレスや鋼の研ぎ方の違い
ご家庭にある包丁の素材は、大きく分けて「ステンレス」と「鋼(ハガネ)」の2種類が主流です。100均の砥石(主に溶融アルミナや炭化ケイ素質)は、どちらの素材にも対応していますが、それぞれの金属特性に合わせた「研ぎのアプローチ」と「アフターケア」を知っておくと、より失敗が少なくなります。
錆びやすいが研ぎやすい「鋼(ハガネ)」
プロの料理人が愛用することの多い鋼の包丁は、炭素を多く含んでいるため非常に硬いのですが、実は砥石との相性は抜群です。100均の砥石であっても、「ジョリジョリ」という小気味よい音とともにサクサクと削れていき、短時間で鋭い刃がつきます。
しかし、鋼には最大の弱点があります。それは「猛烈に錆びやすい」こと。水研ぎをしている最中から、うっすらと茶色い錆が浮いてくることさえあります。
鋼包丁のケアの鉄則
研ぎ終わったら、すぐに洗剤で汚れを洗い流し、さらに「熱湯」をかけて包丁を温めてから水分を拭き取ってください。
包丁自体が熱を持つことで水分が蒸発しやすくなり、錆の発生を抑えられます。長期間使わない場合は、表面に薄くサラダ油を塗って新聞紙に包んで保管しましょう。

錆びないが研ぎにくい「ステンレス」
一方、家庭用包丁の9割以上を占めるステンレス包丁は、クロムという金属が含まれているおかげで錆に強いのが特徴です。しかし、このクロムが含まれていることで、鋼に比べて「粘り気」があり、研ぐ際に「ヌルヌル」と滑るような感覚を覚えることがあります。
特に、少し高価な包丁に使われている「モリブデンバナジウム鋼」などは硬度と粘りが強いため、100均の軟らかい砥石だと、刃が削れる前に砥石の方が削れてしまい、なかなかカエリが出ないという現象が起きがちです。
対策としては、「焦らず回数を増やす」こと。
鋼なら20回でカエリが出る場面でも、ステンレスなら40回〜50回研ぐつもりで根気強く作業してください。また、ステンレス特有の「粘るカエリ」は非常に取れにくいので、仕上げのバリ取り(後述)をいつもより念入りに行うのが、切れ味アップの秘訣です。
セラミック包丁は研げるのか
最近、おしゃれな雑貨店や100円ショップでも見かけるようになった、白くて軽い「セラミック包丁」。金属アレルギーの心配がなく、切れ味が長持ちすることから人気ですが、「切れ味が落ちてきたから、家の砥石で研ごうかな」と思った方は、ちょっと待ってください。
結論から申し上げますと、一般的な100均の角型砥石(茶色やグレーの石)でセラミック包丁を研ぐことは、物理的に不可能です。
これは「モース硬度」という硬さの指標で考えるとよく分かります。一般的な砥石の研磨剤(アルミナ)とセラミック包丁の素材(ジルコニア)は、硬さがほぼ同じか、あるいはセラミックの方が硬い場合があります。硬いものを、それより柔らかいもので削ることはできません。無理に研ごうとすると、砥石が削れるだけで刃は全く研げず、最悪の場合、摩擦熱や圧力でセラミック刃が「パリン」と欠けてしまう恐れがあります。

セラミックを研ぐ唯一の方法
セラミック包丁を研ぐには、それよりも遥かに硬い物質である「ダイヤモンド」が必要です。
幸いなことに、最近のダイソーやセリアでは「ダイヤモンドシャープナー」という商品が販売されています。これは金属のプレートや棒の表面に、人工ダイヤモンドの粒子をメッキしたものです。
100均で買うべきアイテム
パッケージに必ず「セラミック包丁対応」または「ダイヤモンド使用」と明記されているものを選んでください。形状は、包丁研ぎ専用のハンディタイプ(板状)が使いやすくておすすめです。
研ぐ際の注意点:
ダイヤモンドシャープナーは研削力が非常に強力です。
力を入れてゴシゴシ擦ると、セラミック刃に微細なヒビ(マイクロクラック)が入ってしまいます。
「研ぐ」というよりは、「優しく撫でて表面を整える」くらいの感覚で、軽い力で作業してください。
また、セラミックは横方向の力にめっぽう弱いので、研いでいる最中に包丁をひねったりこじったりするのは厳禁です。
トマトが切れない原因と対策
「動画を見ながら完璧に研いだはずなのに、いざトマトを切ってみると、皮の上で刃がツルツル滑って全然切れない…」
これは、研ぎ初心者の私が何度も直面し、頭を抱えた最大の壁です。指で触ると刃は鋭くなっている気がするのに、なぜ食材には食い込まないのでしょうか。
その犯人は、研ぎの工程で発生した「残留したバリ(カエリ)」です。
先ほど「カエリが出るのが研げた合図」と言いましたが、このカエリはあくまで「余分な金属の削りカス」です。これが刃先にぶら下がったままだと、顕微鏡レベルで見れば刃先が「丸まっている」あるいは「ギザギザが折れ曲がっている」状態になっています。この微細な突起が邪魔をして、トマトの強靭な皮に弾かれてしまっているのです。

仕上げの魔法「ストロッピング」
この問題を解決し、プロのような切れ味を実現するための最終工程が「バリ取り(ストロッピング)」です。100均にあるもので簡単にできます。
| アイテム | やり方 | 効果 |
|---|---|---|
| 新聞紙 | 丸めた新聞紙や、 平らに敷いた新聞紙に刃を擦りつける | インクの油分と紙の繊維が 微細な研磨剤となり、バリを絡め取る |
| コルク栓 | ワインのコルクなどに刃を数回通す、 または表面を撫でる | 適度な弾力があり、 刃先を傷めずにバリだけを除去できる |
| ジーンズ | 履かなくなったデニム生地を 太もも(怪我注意)や台に置き、 逆方向に撫でる | 革砥(革のベルト)に近い効果があり、 刃先を滑らかに整える |
私のおすすめは「新聞紙」です。平らな台の上に新聞紙を数枚重ねて置き、包丁の刃を後ろに引く動作(背中側へ動かす)で、左右交互に10回ほど軽く擦りつけてください。
たったこれだけで、刃先に残っていた微細なバリがポロリと取れ、刃の先端が真に露出します。
切れ味の確認方法:
バリ取りが終わったら、トマトを切ってみましょう。
刃を乗せて軽く引くだけで、抵抗なく「スッ」と皮が切れたら成功です。
もし引っかかるようなら、まだバリが残っているか、あるいは研ぎ自体が不足しています。
爪の表面に刃を軽く乗せ、滑らずに「ピタッ」と止まるかどうかも、鋭さを確認する古典的ですが確実な方法です(※怪我には十分注意してください)。
100均砥石の研ぎ方まとめ
ここまで、100均砥石を使った研ぎ方の全貌を、マニアックな視点も交えて解説してきました。「たかが100円、されど100円」。その奥深い世界を感じていただけたでしょうか。
正直なところ、100均の砥石は「誰でも簡単にプロの切れ味が出せる魔法の道具」ではありません。減りは早いですし、小さくて研ぎにくいですし、面直しというひと手間も必要です。ホームセンターで売られている3,000円クラスの砥石(例えば「キングデラックス」など)を使えば、もっと楽に、もっと鋭く研げるのは事実です。
しかし、「包丁研ぎの入門」として、これほど優秀な教材はありません。
100円だからこそ、失敗を恐れずにガシガシ使えます。砥石が削れる感覚、泥が出る様子、角度による刃の付き方の違いなど、研ぎの理屈を体感で覚えるのに最適なツールなのです。
今回の要点まとめ
- 道具選び:
本格派は「角型両面砥石」、時短派は「簡易シャープナー」。 - 絶対ルール:
同じ砥石を2個買って「共擦り」し、常に平面を維持する。 - 環境構築:
滑り止めマットを使って、砥石をガッチリ固定する。 - 最終仕上げ:
研ぎ終わったら新聞紙などで「バリ」を完全に取り去る。
「最近、包丁の切れ味が悪いな」と感じたら、ぜひ次回の買い出しでダイソーやセリアの工具コーナーを覗いてみてください。ほんの数百円の投資と、少しの手間をかけるだけで、毎日の料理が劇的に楽しくなる体験が待っています。まずは安い包丁と100均砥石で練習して、自信がついたら高級な道具にステップアップするのも素敵な趣味の道ですよ。
セリアの砥石を使った研ぎ方の例として、こちらの動画が参考になりました